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森上教育研究所

レポート

歴史認識の問題を取り扱うにあたって日本の教員が直面する問題


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 玉川大学大学院教育学研究科教育学専攻IBコースを令和3年3月31日付で修了いたしました森上公紀(もりがみ・こうき)と申します。この度はアンケート調査にご協力いただき誠にありがとうございました。以下に調査結果を報告させていただきます。

 新学習指導要領における「歴史総合・世界史探究・日本史探究」は、慰安婦や靖国神社参拝等、歴史認識の問題を多く含む近代史を重視していますが、歴史の時間にこれらの問題が取り扱われていない学校が多く、小生はその理由を修士論文にまとめ発表したいと考え、高校の歴史教員を対象としてアンケート調査を実施いたしました。先生方には新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の対応等で大変お忙しいにも拘わらず、ご協力いただき誠にありがとうございました。予想に反し、歴史認識の問題を取り扱っている先生方はアンケート対象者の61%もの高い割合を占めていました。他方、歴史認識の問題を生徒に議論させたことのある先生方は20%と落差があり、新学習指導要領の推奨する「主体的・対話的で深い学び」の実現は課題といえます。

 以下が修士論文の要約です。本文も併せて掲載いたしますのでご笑覧ください。


要約

 現在、環境問題、エネルギー問題、難民問題、感染症問題等、地球規模の問題が深刻化しており、国際協調が以前にも増して重要視されている。日本が隣国である韓国、中国と国際協調を深めるためには歴史認識の問題を解決する必要があるが、学校教育において歴史認識の問題について深く考える機会がないことが指摘されている。生徒の歴史認識が確立されていなければ国際社会から非難される度に動揺し、それに反発する形で偏狭なナショナリズムを抱いてしまう恐れもある。学校教育を見直す切欠として、教員が授業で歴史認識の問題を取り扱うにあたって直面する問題を明らかにする必要がある。

 本研究では、高校の歴史の教員を対象としたアンケート調査を行った。アンケートは指導経験、指導意欲、指導上の問題の3つの尺度から構成されている。アンケートは東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・群馬県・新潟県の国立校、公立校、私立校の内、1046校に配付した。学校は無作為に選んだ。IB校は数が少ないため、全国のIB校85校を対象とした。結果として、283件(国立校の教員から2件、公立校の教員から123件、私立校の教員から135件、IB校の教員から28件)の回答を得た。

 アンケートデータの分析は、SPSSを使用した因子分析、相関分析、重回帰分析、一元配置分散分析・多重比較で行った。因子分析の結果、指導経験尺度からは「講義型の指導経験」と「対話型の指導経験」の2因子が抽出された。指導意欲尺度からは「指導意欲」の1因子、指導上の問題尺度からは「生徒対応困難」、「教員としての力不足」、「カリキュラム上の困難」、「非難恐怖」、「警戒心」の5因子が抽出された。相関分析と重回帰分析の結果、「教員としての力不足」及び「カリキュラム上の困難」が「指導意欲」及び「講義型の指導経験」を低めていることが分かった。最後に、所属や教員歴の違いによって指導経験、指導意欲及び指導上の問題の尺度得点に差があるかを見るために、一元配置分散分析及び多重比較を行った。その結果、所属に関して、IB校では、国公立校や私立校と比べて、歴史認識の問題をより対話形式で教えていることが分かった。また、教員歴に関して、31~40年のグループは、1~10年、11~21年のグループよりカリキュラム上の困難を感じていないことが分かった。31~40年の教員歴は、カリキュラム編成を業務の一環とする校長等の管理職に就任する教員歴にあたる。カリキュラムを編成する立場にあるため、若い教員よりカリキュラムを障害に感じないことが考えられる。管理職ではない教員にとってカリキュラムは身近なものであるという意識が薄いという先行研究の指摘を裏付ける結果になった。

 歴史認識の問題を取り扱うにあたって日本の高校教員が直面する問題が「教員としての力不足」と「カリキュラム上の困難」であることを踏まえ、本研究で示した解決策は次の2点である。①歴史の授業では、教員が正しいと考える歴史理解を伝え、生徒が覚えるという講義型の授業が一般的である。様々な解釈が可能な歴史認識の問題については「よく理解していないから教えたくない」というアンケート結果であったため、専門家的役割を避け、ファシリテーターとして様々な資料、考え方、視点等を提供し議論を支えることが有効である。②カリキュラムを校長や管理職のみで編成している傾向があることが分かったため、教職員全員がカリキュラム編成に参加し授業内容を組み立てることで理解不足を解消する「カリキュラムマネジメント」の導入が有効である。ただし、各教科の教員同士で学校の目標を共有し、目標の実現のためにどのように授業を組み立てるかを話し合う等、段階を踏んで進めていく必要があるだろう。


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